知見もたまったし、所見の書き方をまとめておく

 

所見はきらい

先日、今年最後の所見が書き終わった。管理職からのチェックはまだ通っていないので、修正はしなくてはいけないが、一仕事終えることができ安心している。

 

所見を書くのはあまり好きではない。この仕事の中でコストパフォーマンスが最も合わない物の1つである。色々な業務があるが、こちらのコストが高すぎる。それでいて、パフォーマンスに関しては、お察しの通りである。

教育関係者以外の方のために注をいれておこう。

「所見」とは、あゆみなどの成績表に書いてある教員からのコメント文のことである。

とはいえ、教員ならば所見から逃れることは難しい。個人面談に切り替えている学校などもあると聞くが、それが主流になるはもっと後だろう。それまでに幾度となく所見を書かなくてはいけない。

繰り返しやるのであれば、生産性を上げておき、仕事上のコストを減少させるのが良いだろう。そのためにも今まで得られた所見に関する知見をまとめてみる。

 

所見の内容

基本的な構造

とりあえず、通常所見についてまとめる。全体所見とか総合所見とか言い方もばらつきがあって何とも言えない。自分の勤めた学校を基準にするので、今回は一人200字程度の所見文を書くことを想定する。

 

200字程度の場合、所見に書く内容は3項目だ。長めの2項目でもいいが、3項目の方がおさまりが良い気がする。

3項目の内訳は学期によって異なる。スタンダードに考えれば、学習に関することが2つ、特活や行事に関することが1つといったところだ。学期によっては、学習・行事・他の特活などのこともある。

 

今年度は特殊なケースではあったが、とりあえず3学期とも所見は書いた。今年度の吉野の内訳は以下のようになっている。

  • 1学期・・・学習2つ 特活・課題・おまけ1つ
  • 2学期・・・学習2つ(1つは英語で固定) 行事1つ
  • 3学期・・・学習2つ(1つは道徳で固定) 特活・期待1つ

上記を見て分かる通り、吉野の勤務校はと英語と道徳は通常の所見の中に含む。英語が入っているのは中学年だからだけど。

 

詳しい中身

項目が分かったら、今度は詳しい中身についてである。

基本的には「子供の具体的な姿+それに対する価値付け」をセットで書く。

例えばこんな感じ。

国語「作文を書こう」の学習では、主語述語のつながりや段落の使い方を間違えず書くことができました(姿)。文章を書く力の高さを感じます(価値付け)。

 

特に価値付けの部分が大事になる。所見に書かれる内容ということは子供の中でも特に頑張ったり、力が伸びたりした部分であることが多い。それが子どもや保護者に伝わるような価値付けができるといい。

しかしこの価値付けが難しい

 

価値付けの方向性

価値付けを考える時は、まず書く内容がどういう観点の内容か考える必要がある。

知識技能・思考力・態度など、どういう点の力が素晴らしいのか明確にする。

上記の例文の場合は、知識技能の点だ。文章を書く技能が高い(高まった)ということを伝える文章である。

 

もし思考面を価値付けるとしたら、「発想が豊か」とか「巧みな表現をした」とかそういう言葉になる。態度面であれば「粘り強く取り組んだ」とか。協調性を価値付けるなら、そもそも「学び合って文章を書いた」とか、そういう事実が現れるはず。

 

所見を書こうと考えた時に「○○さん、あそこが良かったなー」くらいのスタートで始まることが多い。でも文章に書く前には、何が良かったのか観点に沿って明確化することで、価値付けの方向性を間違えない

因みに1番弱い価値付けが「~できました」。でも困ったら、これだって使う。

 

数字は価値につながる

ベテランの先生から教えてもらった価値付けの1つに数字を使うというものがある。数字を使うとどれくらい向上したのかなどが客観的に見ることができる。保護者としても分かりやすい指標となる。

 

一番分かりやすい例としては「○○でクラスで1番だった」だ。クラス1番であれば、その子がクラスの中でも抜きんでていたことがよく分かる。

また計算スピードなどだったら「百ます計算が○○秒早くなった。計算技能の向上が見られる」と説得力のある文を書くことができる。

 

数字を使わなくても定量的に観測できるものは価値付けをしやすい。振り返りを1文しか書けなかったのが3文書けるようになったとか、朝の支度に10分かかっていたのが5分で終わるようになったとか。

 

価値付けの文言を増やす方法

上手な所見を書くには価値付けが肝となる。ならば、価値付けの文言をたくさん知っている方が良いわけだ。価値付けの文言を増やす方法は4つ。

 

1つ目が学習指導要領を読むこと。

特に「○○できました」のような価値付けをする時は、学習指導要領の文言を参照すると成立する。体育とかでスゲーいい動きしてたんだけど、なんて表現したら良いか分からない時など、指導要領には適切な表現が載っていることが多い。

評価の観点としてもブレないので、困ったら指導要領を読むのは大切。

 

2つ目は他の人の所見を読むこと。

若い人なら先輩の所見は読ませてもらうと良い。すぐに使える文言が揃っている。ベテランの先生の所見を読むと、自分に無い視点が得られることも多い。とにかく他の人の所見というのは、自分に無い視点や文言がたくさん載っている

 

吉野は先輩から「若いうちに色々な人の所見文をもらっておけ」と教えられた。その教えを守り、ベテランの先生に「若くて未熟なもんで、ベテランの先生の所見を見本に見せてほしい」と頼み込み、何部も手に入れた。若いうちの方が頼みやすいので、早くもらうべき。

吉野は気になる人の所見文はデータなどでこっそり見るという、いやらしいことをすることもある。

 

3つ目は書籍を買ったりネットで調べること。

2つ目の理由と同じだが、書店やネットには色々な所見の見本文をまとめたものが載ってる。自分に無い視点や発想がゴロゴロ載っているので、いつも頭を抱えるなら、書き方の勉強も兼ねて買ってみるのは吉。

 

4つ目は自分の所見文を読みなおすこと。

所見を何回も書いていると、それなりに上手く書けた文章というのが毎回1つか2つくらいは生まれる。でも前に書いた内容は意外と忘れている。そのため自分の所見文を読み直してみると、わりと参考になったりする。

しかも自分が書いたものなので、リライトするのがとても簡単。感覚が理解できるからね。

 

特別活動をどうしよう

学級活動や児童会活動

学習面だけだと偏った感じになってしまう。3項目書く余裕があるなら、学習の他に特活の内容も書いた方が良い。

特活の特徴の一つは学年によって書けるものと、書けないものがあることだろう。書けないものは正確に言えば、書くことはできるが発達段階でなどの理由で避けた方が無難な内容のことだ。

 

特活に関しては、低学年なら係当番活動。中学年なら会社などの自主活動。高学年なら委員会などが書きやすい対象になる。

逆に高学年になって当番活動の内容を書いていると、ちょっと違和感を覚える。よほど自主的に考えて、合意形成などを行っていれば書くのも良いだろうけど。

 

高学年の場合は、委員会やクラブなど別の場所での活動を見落としがちになる。

委員会では日常的に真面目に取り組んでいたり、豊かな発想で解決策を提案していたりと活躍している場合もしばしばある。担任の目から離れやすい部分なので、担当の先生に聞いてみると意外な情報が出てきたりする。

 

行事の時

運動会や学芸会など大きな行事がある時は、子供も行事に向けて結構熱量が高い場合が多い。そのため所見に書きやすい内容が浮かび上がってくることが割とよくある。

特に実行委員などになっている児童は、主体性は別として活動(仕事)をしているので、とても書きやすい。

書き方は学習の時と何も変わらない。事実と価値付けをセットで書いてあげればよい。

 

後述するが、全員ができたことというのは所見として書きにくい反面、必ず達成したことでもあるので書くに値する内容にもなっていることが多い。

行事があった学期は行事の内容を含めておくと、見取りがしやすく所見業務全体のコストが下がるので、書いた方が無難である。

 

勇気をもって課題を書く

所見の中では課題を書くこともある。ただし課題に関しては、書き方が難しい。

 

先手を打って確認を

まず確認するべきことは管理職の判断である。課題を書くことを可とする管理職がいる一方で、不可にする管理職もいる。

吉野は初任校で副校長から「吉野さんは今度は課題面も書いてみると良いよ」と言われたが、別のベテランの先生からは「課題面は書くな」と言われた。ベテランの先生曰く、書面に残るものに子供の課題面を書かない方が良いとのことだ。なるほど確かに。

 

管理職とベテランの先生であれば、役職的には管理職の言葉に従うべきだ。だが今回言いたいことは、管理職の趣味によって課題を書いていいかは変わるということである。異動などで管理職が変わったら、他の人からデータを貰ったりしてその管理職の意向を確認したほうが良い。

 

課題面の話に関わらず、管理職の所見に対する趣味は把握しておいて損はない。どういう言い回しが管理職のチェックを通るのか知らないと、無駄な労力を支払う可能性がある

吉野は今年、異動初年度であるが、所見シーズンで最初にしたことは、現任校に一番長く在籍している先生の所見を見せてもらうことだ。その人の所見は管理職のチェックを最も多く通り抜けているので、それを真似て書けば基本的には大丈夫なはずだ。

 

初任者の場合、指導教官にチェックを貰うことも多い。その場合、クラス全員分を書いてからチェックを受けるのではなく、10人くらい書いた時点で一度チェックをしてもらった方が良い。自分の書き方が正しいか早い段階で確認をできると後からやり直しが少なくて済む。

逆のケースで一番酷かったのは、全部書いてからチェックをしてもらったら、書き方が良くないという理由で全部書き直しになったケースである。こんなことになったら、目も当てられない。

 

課題を書いていい時期

課題面を所見に書くのは、1学期と2学期だけ。3学期は絶対に書かない。

これは課題面を書く時の書きぶりに関係してくる。

 

課題を書く時は「○○さんはこういう所がダメです」という書き方をしてはいけない。これを保護者が読んだら、納得できる部分はあるだろうが、「じゃあ学校での指導はどうなっているんだよ」という話になってしまう。

そのため課題面を書く時は、「○○さんはこういう部分が苦手そうだから支援していくね」という風に書く

 

上記のように文章を書く場合、3学期の所見に課題面が載っている場合、担任は交代する可能性があるため誰が支援してくれるか明確でなくなる。所見を書いている本人が、言葉に責任をもてない限り、書かない方が良い。なので基本的に3学期に課題面を書くことは避ける。

 

課題を書くことのリスク

課題面と言っても子供の実態の一面であるため、書く必要があると思ったら書いても良い。

しかし課題面を書くことはリスクが伴うことも忘れてはいけない

 

吉野が課題面を書く時に気を付けていることは、その課題に対して保護者と共通理解できているかである。ある程度の共通理解ができている課題面に関してはあまりためらうことなく書く。

 所見を読んだ保護者としても、共通理解ができている課題面であれば納得がいきやすい。

書く時のイメージとしては、「○○さんは、ご存知の通り△△が苦手なので、先生と親で一緒に頑張っていこうね」という感じになる。

 

ところが共通理解ができていない課題面を書くと、保護者としては少し驚くだろう。特に保護者が認知していない課題面であると、いよいよ話がこじれる可能性がある

「家ではそんな姿ではないが、学校ではどうなっているんだ。学校側の責任ではないか」となることも考えられる。

しかも所見を渡すのは学期の最後だ。その後、長期休みに入ることが多い。いくら「これから支援していくね」と書いても、長期休みでは子供の課題面へのカバーリングは難しくなる。

 

課題面を書くことは問題は無いが、多少リスキーな面はある。伝えて問題ないかを考えてから書いた方が良い。

 

期待することを書くとハッピー 

課題とは逆に子供に期待することを書くと全体的にハッピーな所見に仕上がる

1学期や3学期は行事が少ないので、行事のことを書かない分だけ終わりの項目があまりがちになってしまう。そのため期待することを書くことがある。

 

期待することを書く時は、主に今学期(最近)でその子が伸びたなーと思うことを探している。3学期にもなると1年間を振り返りながら書くことができる。1年間のレベルで考えると、割と変化の幅が大きいので見付けやすい。

 

書く時は特に難しいことは考えず、学習などと同じように書いていく。ある程度具体的な姿を書いてから、その後に期待する価値付けの文章を書く。

様々な活動の中では、細かい部分まで丁寧に仕上げ、完成度を高めることができました。これからも粘り強く取り組む姿勢に期待しています。

見本として書いてみたが、この価値付けの文を最後に書いたことは無いかな…まぁ色々なパターンがある。

因みに見つからない時は書かない。なかなか見付けにくい子というのはいるわけで、それで無理に書いても文がよそ行きになってしまうので、わざわざ書いたりはしない。無理してまで書くものでもないし。

 

末尾のテンプレート

6年生の3学期の所見には「ご卒業おめでとうございます」という言葉を入れることが多い。卒業位のレベルになると、お祝いの文が入っていてもおかしくない。そのため特に問題にはならない。

 

では「進級おめでとうございます」という文はどうだろうか。吉野も以前書いていた時期があったが、今は書かなくなった。この文は入れるかは判断が迷うところだ。

こういうテンプレートの文は所見に入れてよいか確認をしておいた方が無難である。このテンプレートを含めて文字数の調整を行っていた場合、削除となった時の作業が面倒くさいことになる。

1学期や2学期に「次の学期も期待しています」という文章も同様である。

 

所見を集める

結局、所見業務の全ての悩みはここに行きつくのではないだろうか。

もし所見に書くべき内容が全部そろっていたら、文章を書くのはそこまでの負担ではない。料理番組で料理が簡単に出来上がるのは、材料や調味料が全てセッティングされた状態であるからだ。下ごしらえが一番面倒なんだよ。

 

吉野の先輩はかつて締め切り間近になって全く書いていない状態であった。先輩は〆切関係の仕事は遅れることは無く、今回も間に合うのかどうか尋ねてみた。

返ってきた答えは「大変だけど、2時間くらいあれば書けるから」ということであった。先輩はただ”書いていない”だけだったのだ。

 

所見を集めるためのポイントは以下の点である。

  • 何を集めるか
  • どこに集めるか
  • どうやって集めるか
  • いつ集めるか

「何を」「どこに」「どうやって」 集めるか

「何を」「どこに」「どうやって」集めるかは、それぞれかなり密接に関わっている。

 

まず一番の悩みどころである「何を」集めるかだ。

詮の無いことを言ってしまうと、子供がよく頑張ったことを書くのが基本だろう。学習や行事など目立ってよくやっていたことをピックアップすればよい。

 

しかしそれができないから困るわけである。そのため書くのが苦手という人は、まず書くための視点を列挙してみる

たとえば教科であれば、国語・算数・理科・社会・体育・図工・音楽・家庭科・英語など。

行事であれば、その学期にやるもの。運動会・学芸会・子供祭りなど。

後、日常の場面。給食・掃除・休み時間など。

 

この中でその子が得意なことや目立っていることは何かを探す。思い出せたり、当てはまったりするものがあれば、それは所見に書けることだ。

とにかくピックアップするためには視点が必要である。むしろ視点をどれだけもてるかで子供の見取りは変わってくる。視点の増やし方は上記の「価値付け文言の増やし方」を参考にしてほしい。

 

「何を」書くかが決まったら、その情報を「どこに」溜めておくかが次のポイントになる。

一番スタンダードなのは名簿状の紙だろう。この紙に児童名と視点別の表を作っておけば、表が埋まれば所見が書けることになる。

 

因みに吉野は今年からこの作業をタブレットで行っている。所見をメモする用のExcelシートを用意して、ちょこちょことそこに書き込む。

吉野の場合は「学習1」「学習2」「行事」「その他」という項目を用意している。思い出せない時はさっきの視点を思い出して、どこかに書けないかなと探してみる。

 フォーマットを用意して書き溜めていくというのは、鉄板ながら大切な作業だ

 

さて書く場所と内容が決まったら、「どうやって」書いていくかだ。

紙なら当然ペンで書くことになるし、タブレットやPCならキーボード入力であることが多い。

吉野の場合はタブレットなのでキーボードで入力するときが多いが、最近は音声入力をしている。

 

音声入力は手入力の何倍も情報を詰め込むことができる。とにかくベラベラ喋ればいいので、キーボードより遥かに簡単である。 情報さえ詰め込んでいれば、後で思い出して文章を整えることはできるので、意外に良い手段だ。

あと授業の少し空いている時間に、子供の様子を動画で撮りながらブツブツ音声を吹き込むということもしている。これは体育の時などで効く。ゲームの風景を撮りながら、技能的に優れている部分などをメモのように吹き込んでいく。

 

メモをいつ書くか

最後の問題は所見のメモをいつ書くかである。

音声入力であると授業中にもブツブツ溜めたりできるが、いつもできるわけではない。

じゃあ毎日のどこかの時間で書けるとかと言うと少し難しい。だからそこまでキツくないけど、習慣的にどこかで書く時間を取るといい。

 

吉野の場合、まず給食のスキマ時間。吉野学級の給食はわりと放任状態なので、こちらが手を出すことは殆ど無い。

ご飯を食べ終わると10分くらい時間ができる。その時間にちょっとした仕事をするのだが、その一つに所見を書く作業がある。ただ優先順位はそんなに高くないので、たまーに出てくる仕事という感じ。

 

あとノートチェックをした後に良いこと書いているなーと思った時に書くと決めている。とにかくどこかで「このタイミングで書く」という習慣を作っておくと、書かざるえなくなるので溜めやすくなる。

 

所見が見つからない時もたくさん

集めようと思っていても、見つからない時もたくさんある。全員がすんなり見つかるのなら、この作業は苦労をしないわけだ。

 

仕方ないので全員に当てはまることを何個か持っておく。その際に物が残っているものがあると良い。 国語の作文とかグループ発表とか。みんなで協力して活動したこととか。各教科で1つずつ持っていると使い回しがきくので、それぞれストックしておく。

 

とはいえ全員ができたことの価値付けは価値としてそんなに高くないので、所見の最初に書き始めるような子は避ける。まぁそういう子は全員ができている内容なんかで書き始めることは無いからいいか。

ちなみに全員ができたことの価値付けの仕方に迷ったら学習指導要領を参考にする

 

見つからない子って能力的に低いことが多いが、フツーだけど見つからないという場合もしばしばある。なんだか特徴的な部分が少ない子。

こういう時はその子のテストの結果を見たりする。テストの結果を見ると何ができていたか分かりやすいし、数値で出てくるので説得力がでやすい。漢字テストで点数が伸びたりしていると嬉しい。

顕著な数字が出てこなくても、その子が得意なことを把握しやすいので、悩んだら見てみると良い。

 

学期ごとに書くコツ 

固定されたものは、すぐに書いてしまう

道徳や中学年の外国語活動などは通常の所見の中に組み込まれることがある。しかも、2学期には外国語の所見を書きましょうと固定されることもある。

固定された時はすごい価値付けをできる可能性が低くなるため、早々に書いてしまった方が良い。道徳が固定された時は、所見に書けそうなことを振り返りで書いている子は、すぐに書いてしまっていた。

 

所見を書く時は「具体的な姿+価値付け」と述べたが、たまに「絶大な価値付け+その価値が出ていた場面を2~3個」というパターンもある。そういう時に早々に書いてしまうと他の教科との関連して書きにくくなるが、所見にそこまでのエネルギーやコストをかけたくない。なるべく早く終えられるものは終えたい。

固定化されたものは別枠の意識でさっさと書いてしまう。

 

悩ましい1学期

個人的に1番書きやすいのは1学期の所見だ。年度が変わって初めて会った子供たちなので、新発見がたくさんある。しかも1学期は子供のエネルギーも溢れていて、様々なことをする。

 

しかし1番悩むのも1学期のような気がする

理由として、まず行事が少ないことが。今時は春運動会を実施している学校も多いので、1学期に行事はあるが、まだまだ2学期に集中している学校も多い。吉野もそのタイプであった。

その場合、1学期に所見に書けるタイプの行事は少なくなる。

 

次に書く内容が自由すぎることだ。後述するが、所見は1、2、3学期でなるべく教科が被らないようにしている。そうなると1学期は完全フリーになる。逆に言えば、その子の良いところを全力で探しに行く必要がある。

目立つ子は書きやすいので特に問題は無いが、目立たない子は難易度がかなり上がってしまう。自由故にハードルが上がる。その分、書きにくくなる。

 

行事の2学期

2学期は大体、行事のことを書くことになる。別に全員書かなくてもいいと思うが、書くと決めてしまった方が仕事上は楽である。あと管理職がチェックした時に「この子は行事のことを書いていないの?」とか言い出すケースもある。これは事前に確認しておいた方がいい。

 

行事を書くと決めると所見のパターンは以下の2パターンになる。

  • 学習1 学習2 行事
  • 学習1 特活  行事 

この場合の「特活」は行事以外の特活ね。

 もし、ここに外国語や道徳の固定教科を入れるとなると、

  • 学習 固定教科 行事

このパターンしか書けなくなる。これは逆にとても楽である。学習を何か1項目見付ければ良いわけなので。

これで書くためのパターンを把握しておくというのはとても大事だというのが分かるだろう。2学期はパターンが決まりやすい学期でもあるので、何の項目を書くか確認するのがとても大事である

 

所見を書き終わると「来学期こそ、ちゃんと少しずつメモを取ろう…」と思うことが必ずあるが、その時に2学期パターンを把握しておくと良い。

 

あまりものの3学期

3学期の所見はいつも通りの大変さはあるものの、意外と書きやすい側面もある。

なぜなら3学期には書ける内容が狭まっているからだ。

 

吉野は所見を書く時に、学期ごとに異なる教科の所見を書くようにしている。例えばある子は1学期に国語を書いたら、2学期は算数、3学期は社会といったように。

 

子供にも得意不得意があるので、所見に書けそうな部分は概ね得意な部分になる。何も考えずに得意な部分を抽出すると、3学期とも同じ内容になってしまう可能性が高い。国語の作文とか体育の運動技能とかはその傾向にある。算数とかも目覚ましい活躍をする子は、1~3学期とも活躍するでしょう。なので意図的に同じ教科は避けるようにしている

 

この制約の中でどーしても同じ内容を書く子は2パターンあって、あまりにも卓越している子か全く書く内容が思いつかない子である。前者の子は同じ内容でも書く内容は充実しているはずなので、特に問題ない。問題は後者の子だ。

 

どうしても書くことが無くて、「みんなができたこと」を書かざる得ない時がある。そういう時は同じ教科でも仕方が無いので書くことにする。ただし領域か観点は絶対にずらす

国語の場合、1学期は書き単元についてだったら、2学期は話す聞く単元についてなど。

体育の場合、1学期に知識技能についてだったら、2学期は思考面など。

同じ教科内でも領域や観点がズレていれば、まぁ成立する。ただし、所見文を読むのは子供や保護者のため、そういうズラし方に気がつかないだろう。なので教科は重複しないのが吉

 

さて3学期は1,2学期に書かなかった教科と制約を設けると、視点探しはとても楽である。

1,2学期で国語、算数、理科と書いていたら、3学期は社会で探せばいい。そうなると所見のことだけを考えるなら、ノートなどを見る力点も変わってくる。社会で書くと決めた子がすこーしでも良さそうなことを書いていたら、すぐ所見行きになる。フツーのことでもとりあえずピックアップして書いておく。

 

授業もどの子を注目すればよいか明白になる。国語の授業なら、この子とあの子。算数なら…となってくる。こうなると所見の内容探しのハードルはぐっと下がる。

因みにこの手法は教科数が少ない低学年だとちょっと難しい。低学年の時もなるべく異なるようにしているが、それでも国語や算数の内容に偏ることは多い。

 

所見の質?それって美味しいの?

こういう書き方をしていると、当然大した成果でなくも所見として書かれるので、全体的な質としては低下する。

うん。だから、何?

 

最初に述べた通り所見作業というのは、教員の仕事の中で最もコストパフォーマンスの低いものの1つだ。こちらが書く労力は膨大にも関わらず、読むのは一瞬。所見で教育効果を上げるのは滅茶苦茶難しい。コストパフォーマンスで言うなら、所見書くより電話一本の方がとても高い。

だから所見そのもの質を求めていない。教育効果などを気にするなら、別のところで頑張る。電話しろ。

 

所見を書く前などのエトセトラ 

書く前の心構え 

毎学期書いているくせに、1番最初に書く子は筆がブレて上手い文を書けないことがある。逆に1番最後に書く子は、慣れてきて文の整え方とかが上手くなっている。毎学期書いてるけど、忘れるんだよね

だから所見を書き始める前に、前回の所見を流し見すると文章の構成や書き方を思い出せて良い。吉野は管理職から指導が入った所見を紙ベースで残しているので、それを見るようにしている。そうすると、書き方を思い出すのと同時に管理職の趣味も思い出すことができる。前回、指導が入ったところを思い出して、こういやって書くんだったなーと確認する。

 

所見の蓄積、財産化

せっかく苦労して書いたので所見文はちゃんと残して財産とする。

子供の名前を抜いて文章を残しておくだけでも良いが、可能であれば価値付け文言とか観点ごとに分けておくのが良い

 

所見を蓄積するExcelを作り、そこに学年ごとのシートを作成する。その中で教科を縦軸、観点を横軸にした表を作っておき、そこに溜めていく。そうすると次回に生かしやすい。

そこまでしなくても、とにかく同じ学年の内容というのは使い回しがききやすいので要保存。

 

所見をどこから書くか

吉野は一番最初に所見を書く時、指導教官の先生から「所見は書きやすい子から書け!間違っても出席番号順なんかに書くなよ!」と言われ、今もそれを守っている。

別の先輩は「俺は出席番号で書いていくよー」とも言っていたので、人によって書き方はまちまちなようだ。

こういう問題は宗教化しやすいので答えは無いが、個人的に一つ確定的と思われることがある。それはモチベーションを下げる書き順は避けるべきだということ。

 

所見はモチベーションとの勝負でもある。モチベーション高く書いている人は少数派だろう。僅かにしかない燃料を騙し騙し使いながら書ききるのが普通だろう。だからモチベーションを下げるのは悪手だ

 

吉野は所見の進行度をヤッホイ指数(後述)で管理している。パーセンテージ管理なので、どこから書いても良いし、途中までしか書いていなくても進行しているのが分かる。以前は書き終わった人数で管理している時もあったが、それだと途中までの子がカウントされずモチベーションが下がるケースがあったので、今は下がりにくいヤッホイ指数に切り替えた。

どこから書いても良いが、モチベーションを下げてはいけない。

 

所見を書くための技術とシステム

文章技術

所見は文章で提出するので、適切な文章を書けないといけない。当たり前のようでこれが意外と難しいらしい。以前、ある主任の先生が若手に対して文章の書き方の指導をしているのを見て、「そうか。ああいった指導を受けるケースもあるのだな」と驚いたことがある。

かく言う吉野は、手前味噌になるが、所見の文章は「読みやすい」と言われることの方が多い。やったぜ。

 

とりあえず、すぐに使える決まりとして「一文の中に主語述語は2つまで」である

まず文は、主語と述語が1つずつある単文が基本となる。

今日はとても晴れている。

単文がこう集まると、

今日はとても晴れている。洗濯物がよく乾く。花粉がすごく付く。

1つの文にまとめたくなる。

今日はとても晴れているので、洗濯物がよく乾くが、花粉がすごく付く。

でも、この文は主語述語が3つ入ってる(3つの単文が合わさっている)ので、やや長い。「一文の中に主語述語は2つまで」の決まりを使うと、

今日はとても晴れているので、洗濯物がよく乾く。でも花粉がすごく付く。

今日はとても晴れている。そのため洗濯物がよく乾くが、花粉がすごく付く。 

 という形になる。この場合は1つ目の文章の方がまとまりが良いかな。

 

これを意識するだけで、文はやたらと長くならずにまとまりが出るようになる。小学校の高学年~高校生などで文章が長ーくなってしまう子がいるが、そういう子にも教えてあげると良い。

この決まりを使うと強制で文を切らなくてはならないため、文同士を頑張って繋ぐ必要がある。そのために接続詞のマスターが必要なので、ますます文章スキルが磨かれる。一石二鳥。

 

細かい文章スキルはあるけど、後はこれを読もう。

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あと、これ。

論理トレーニング101題

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  • 作者:野矢 茂樹
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  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

言葉に迷ったら類語辞典

所見を書いていると、その子にぴったり合うような言葉見つからないことがしばしばある。そういう時は類語辞典を使う

類語辞典・シソーラス・対義語 - Weblio辞書

 

例えば所見でよく使う言葉「すすんで」。

これの類語は以下の通りだ。

先して能動的に・能動的な・率先した・積極的な・積極的に・自ら・自分で考えて・主体となって・主体になって・進んで・自ら進んで・率先して動く・自発的に・主体的に・自律的に・自律して・アクティブに・活動的に

ニュアンスが少し違うが似た意味の言葉がたくさん出てくる。所見で使えそうな言葉がある。

探しているうちに語彙も少しずつ増えてくるので、迷ったら類語辞典

 

文字数を数えている…よね? 

今時、所見の文字数を数えていない人っているのだろうか。希少種のような気がするが、どうなんだろう。

文字の数え方は色々あるが一番簡単なのはエクセルのLEN関数だろう

 

=LEN(文字を数えてほしいセル)

こんな感じですぐに文字数を数えてくれるので、数えていない人はすぐに実装すべき。

 

ヤッホイ指数を実装して、モチベーションを保つ

所見を書き終わった人数と進行度(ヤッホイ指数)を見られるようにしておくと、作業のモチベーションを保ちやすくなる。

 

「所見ヤッホイ指数」の実装の仕方はこちら。さる先生のを少し改良して、全員基準の文字数まで満たしたら100%になるようにした。 

tohruyoshino.hatenablog.com

 

書き終わった人数の出し方だが、人数など何かを数えたいときはCOUNT関数とその仲間たちを使う。この場合は「もし基準の文字数を超えていたら数えて」という命令をしたいので、COUNTIF関数が使える。

=COUNTIF(調べる範囲,>=200)

多分こんな感じ。

 

見直しと置換

所見を書き終わった時に、単元名が間違っていたとか表記便覧的に違ったというケースがある。そういう時は一括で変えたいため置換機能をつかう。

置換機能とは、文字通り選択した文字列を別の文字列に変更する機能である。エクセルでホームタブの右の方にあるが、ショートカットキーの方が速い。「Ctrl+H」ですぐに出せる

「”ちかん”だから”H”なんだよ~」というクソみたいな定番の覚え方がある。

 

例えば表記便覧では「きづく」は「気づく」ではなく「気付く」と表記するらしい。こういう”他にも間違えているかもな”というケースの場合、置換機能を使った方がいい。 

 

 

そして要録へ

常体敬体問題と現実

要録の所見を書く時に話題になるのが、常体敬体問題である。あゆみの時は保護者向けなので敬体の文章を書くが、要録では常体に直すというものである。

どこぞの噂では要録所見も敬体でいいらしい。規定は無いから常体に直す必要は無いとかなんとか。常体に直す作業というのは、本当に生産性の無い無駄の極みだ。直さなくていいなら、直さない。

 

ところが現場ではそうもいかない。現実には常体に直してねという指示が飛び交っている。ここで「敬体に直さなくていいですよ!」と強硬に主張しても良いが、学校の方針と違うことをすると周りに敵を作りかねない。それは賢い方法ではない。

このあたりの権限を握っているのは教務主任なので、教務主任に水面下で方針の修正をお願いしつつ、とりあえず要録用マクロで対応するのが現実的だ。というかそうしている。

 

マクロと辞書作り

最初に実施したのはロマネスコ先生のシートを応用したものだ。詳細はこちら。

tohruyoshino.hatenablog.com

これは 関数だけでできるという面では良かったが、その関数が煩雑過ぎたのであまり好きになれなかった。マクロを使った方が良いなと思った。

 

そのため次がこちら。これは方法は書いていないので、正直読まなくてもいい。

tohruyoshino.hatenablog.com

 

最終的にマクロのコードが書いてるのがこちら。

tohruyoshino.hatenablog.com

Replace関数という置換機能を使って、辞書に登録された文字を探して置換するコードである。実装の際に参考にどうぞ。もし使いたかったら、コメントなりTwitterにリプなりください。 

 

よくある運用上の注意

こういうシステムを作ると便利な反面、根本的な問題の解決が埋もれることがある。今回の常体敬体問題も最も良い解決策は常体に直さないこと。システムを使って楽するのは代替手段だ。

「吉野さんが折角作ってくれたシステムがあることだし、常体に直しても…」という流れになることがある。これは良くない。

そのため根本的な解決が望めそうな時は、システムを作った張本人が真っ先にシステムを捨てるのが大事だ。あるいは捨てると主張すること。とにかくサンクコストを増やしてはいけない。 

 

所見はやっぱり嫌い

ここまで書いてみて分かったが、所見を書くのはやっぱり嫌いだ。なんでって教育効果が薄い気がするから。せめて個人面談に切り替えるとか、1年に1回だけとかに変えてほしい。

でも現実は書かざる得ないわけだから、こんな感じでもっと楽しようよ

 

参考

ヤッホイ指数の件とかさる先生のnoteを参考にしているので。「具体→価値付け」の話は出ているが、吉野はこの話は指導教官から教えてもらった。一般的な考え方ということかな。

note.com