この記事は2/27に安倍首相が「3/2から臨時休校要請」を出してから、教員がどれくらいパニックになったかを現場からお届けするものです。
コロナが来た(?)ぞ
1月にコロナウィルスが流行りはじめ、日本でもダイヤモンド・プリンスの対応が急がれていた。
ただ、この時期に外部講師による税金の話を聞いていた時にも話題は出たが、「ダイヤモンド・プリンスも大変だよねー」くらいのテンションだった。
ダイヤモンド・プリンスはニュースの中の話で、学校現場では特に高い関心事ではなかった。
子供には「手洗いとうがいをちゃんとしろよー」と言っているだけで、むしろインフルエンザの流行を危惧していたくらいだ。
因みに今シーズンのインフルエンザは12月でかなり沈静化しており、学校内でもそんなに話題になるようなことではなかった。たまに罹る子がいたので、その時に警戒するくらい。
2月の中旬までコロナウィルスは我々とはそんなに近い出来事ではなかった。
行事の中止
コロナの話題が俄かに近づいてきたのが、2月の最終週である。
この頃、大きなイベントの中止が相次ぎ、日本全体で「不特定多数の大人数が集まるイベントはやるべきではない」という流れが出てきた。
そのため学校業界でも全校が集まって行うような行事は控えた方が良いのではないかという風潮になってきた。
この時期、うちの学校のイベントは次の3つであった。
- 6年生を送る会
- 保護者会
- 感謝の会(6年のみ)
感謝の会とは、6年生の保護者会の前に行われる子供から保護者への感謝の言葉を伝えるイベントである。6年生は保護者会で伝えることは殆どないため、保護者会に来る親の95%は感謝の会を目的に来ている。
2/27の木曜日に上記の3つのイベントがあったのが、まず中止の決定をしたのが6年生を送る会である。
やるのかやらないのか管理職や学年主任で緊急の打ち合わせ。
校長も色々と悩んでいたが、世の中の流れを考えるに行うべきではないだろうとの判断であった。
しかし全学年練習を重ねていることもあり、全く無いのも可哀そうである。
そのため学年の出し物を録画して、別日にTV放送しようということになった。
措置としては妥当であり、打ち合わせにいた教員も仕方ないよねーという感じであった。
因みにこの決定は26日の水曜日16時頃にされた。
全体の打ち合わせはそれで終わったが、6年担任の次の問題は感謝の会である。
人を呼ぶイベントが中止になる中で、感謝の会を実行していいのか。
また6年担任で校長に相談に行った。
因みに校長は感謝の会のことは、頭から抜けていたようだった。
これは学年だけの非公式な行事ではあるから仕方ない。
校長としては保護者会自体はやるつもりであった。
というのも月曜日に別の学年の保護者会を既に行っていたため、もうやるしかないんじゃないかと考えていたようだ。
が、感謝の会があると話は別である。保護者会でやることは殆どない、しかし感謝の会だけ呼ぶのは世間と逆行している。じゃあ6年だけ保護者会無し?それは変だろうと。
結局、また他の学年主任も呼んで打ち合わせをすることに。これが水曜日の17時30分ごろである。
他の学年に聞いても、保護者会で伝えなくてはならない連絡事項は少なく、やらないならそれでいいということもあり、保護者会は全て中止。
校長は悩んでいたが、私としては文部科学省からの通達が月曜出ているらしいので、状況が変わったと説明すれば良いのではと進言しておいた。
責任者は誰か
校長の様子を振り返ると決定力の乏しいように見えるだろう。
確かに校長はこういった大きな判断をするのは苦手で、特に中止の判断をするのが非常に苦手であった。
しかしこの話し合いの中で常に出てきたのが、教育委員会からの通知はまだかということである。
学校は結局、設置者である自治体、教育委員会からの通知をもって様々な決定がなされる。
ここで校長が判断したことが、教育委員会の通知と異なると委員会からお叱りを受けるわけだ。
また校長が独自に判断を続けると、近隣の学校との足並みが揃わないということもある。
「隣の学校は休校なんですけど、うちはどうしてならないんですか。」など保護者に言われると、説明に困るのだ。
そのため今回のような規模の大きい話の時は、常に近隣校と連絡をとりつつ、足並みを揃えるのが定石なのだ。
これを一括で行うのが教育委員会の通知である。
うちの自治体ではこうしますよーという指針を出し、学校はそれに従って行動する。
月曜の報道で文科省からの通達があり、水曜日の放課後にまで通知を出さないのは、今回の事態では遅すぎる。
因みに近隣の自治体では、行事の中止やら休校やらの連絡が来ていたようだ。うちの自治体はどうなっとる―。
先ほどまでの話し合いも通知の内容1つでちゃぶ台返しをくらう可能性があるわけだ。
だからこそ校長も判断に迷うし、決定が難しい。
教育委員会も相当しんどかったと思うけど、末端は時間単位で判断しないといけない状況だったので、もうちょっと頑張ろうよ。
教員の特性と思い
この話し合いの中で個人的に興味深かったのが、6年担任内の考え方の違いである。
この学年は私も含めて4人いる。
構成としてはこんな感じだ。
- 学年主任(5年からの持ち上がり)
- 同期(5年からの持ち上がり)
- 先輩(6年から)
- 吉野(6年から)
今年の6年は 少し独特な集団で、そのため私と先輩は学級経営が上手く進まないところがあった。そのこともあり子供への思いは薄かった。
今回の話し合いの中で、主任は6年生に行事をさせてあげたいと思い話していたが、私と先輩は表立っては言わないが、やんわりと中止の方へ向けて話していた。
俺としては、保護者会が無くなれば余計な仕事が無くなるからラッキーだなくらいに考えていた。
主任は色々と提案してくれたが、子供への優しい思いにあふれていて、子供の立場に寄り添ったものだった。
反面、この場にドライに切り捨てられる人間がいなかったら、実施するための労力が膨大なものになっていたとも思う。
個人的に思うのは、教員はウェットに考える人の方が多く、ドライな人は少数派だということ。
それが教員の仕事を膨張させてきた原因でもあるんだよなというのを、ほんのりと感じた一面であった。
二・二七要請
そんなこんなで水曜日の打ち合わせ通り2/27の木曜日を迎えた。
決定事項としては、6年生を送る会はTV放送。保護者会、感謝の会は無し。
朝の時に6年生にも伝えたが、「あー…そうなんだー…」とがっかりする子もいたが、全体としてはそんなにショックを受けておらず、「まぁ…そんなもんか」という反応だった。この辺は学級経営の問題かな。
放課後を迎え、来週の予定を立て、「再来週からの卒業式練習は5年と合同になるのは良いのかなー」などぼんやり考えながら、そろそろ帰ろうとしていた。
そして印刷室から職員室に戻ってくると、なにやらザワついている。
「安倍首相が全国の学校で休校するように言ったらしい」
なんじゃそりゃと驚きつつ、職員室のTVを急いで点け、ニュース番組を探す。
皆がTVに釘付けになる中、ニュースが流れる。
「本日、安倍首相が全国の学校を3/2から休校にするように要請」
職員室が大パニックである。
もし3/2から休校なら、猶予は明日2/28の1日しかない。
職員室でみんなが騒ぐのをまとめるとこんな感じになる。
- いつまでの期間が休校になるのか
- 終わっていない学習はどうなるのか
- 成績処理はどうなるのか
- 通知表も含め、返却物はどうするのか
- 休校中の課題はどうなるのか
- 今後の行事はどうなるのか
そしてこのニュースが出たのが、18:30。
成績処理の時期だったので職員室には結構な人数がいたが、校長は帰っていた。
勤務時間外なので当たり前である。俺も帰ろうとしていたところだし。
つまり今からは何の打ち合わせもできない。
校長はまだ学校にいた副校長に連絡をとってきたが、今からは何もできないとのこと。
職員室がやや落ち着きを取り戻したあたりで、周りを見たが「明日の対応策を想定する流れが来るかもしれない」と思い、さっさか帰ることに。
「もし明日が最後になるなら…」で色々考え始めるとキリがないし、時間もない。
先ほどもの書いたが、とにかく教育委員会の判断を待つしかないのだ。だったら無駄なことはしたくないので、私としては逃げたほうが得策である。
私自身は、来週から休校になり卒業式ができなくても、子供に思い入れもほとんど無いし、成績処理などは他の教員も同じ立場なのだから、何とでもなるだろうと考えていた。
ラッキーだったのが、働き方改革の一環でうちの学校は今年度から留守番電話を導入したことである。その時間が18:30からなのだ。
なので報道が出た時には、保護者は学校に連絡できないので、その対応も必要なかった
この時点で行政にいる知り合いと連絡をとっていたが、「今の時点では何とも言えないが、要請を無視して罹患者を出したら、自治体の責任問題になる。となれば、要請を飲まない理由は無い」と聞いており、私の中では休校は決定路線だなと思っていた。
2019年度 最後の日
翌日はいつも通り出勤。
通勤中に学校メールで「休校に関する問い合わせはしないでね」と来た。これで朝に余計な電話も来ないだろう。
校長室では管理職や主幹などが集まり、今後の対応策を考えていた。
うちの学校は基本的に夕方に打ち合わせを行うが、この日は朝に緊急招集の連絡が。
出勤すると先輩が「今日やった方が良いこと」リストを作ってくれていた。
早々に逃げた私に対して、なんて素晴らしい先輩なんだ。ありがてぇ。
先輩からは
「普通に学習しても良いが、今日で終わる可能性もある。
成績処理の関係もあるし、とりあえずできるだけテストやっちゃおう。」
とのこと。
どうせ落ち着かないから、作業的な内容の方が良いだろうということで賛成。
朝の打ち合わせでは、とりあえず可能な限り学級を閉じる準備をするが、子供に危険が無いレベルで行うとのこと。成績などはある程度仕方ないらしい。
とにかく教育委員会がどう判断するかによって事態は変わる。流石に午前中には通知出せよーと思いつつ、クラスへ向かう。
朝の段階では1年生は落ち着いて読書をしていたが、6年はそわそわと落ち着かず、教室間をうろうろしている。
1年生と違い、6年には何が起きているか分かっているので、ある意味当然である。
子供から休校になるのか聞かれたが、こちらとて分からない。
まず安倍首相の要請には強制力が無いことを伝え、教育委員会の判断次第と話し、普段朝の会を通り始める。
いつもはグダグダな朝の挨拶や出欠の返事がしっかりしていたので、「あー、今日が小学校生活最後の日になるかもしれないと分かっているんだな」と思った。
予定通り作業的な内容だったので、突然のテストなどに不満は出たものの、そこまで浮足立たず2時間目まで過ごした。
もし教育委員会から早くに通知が来れば、中休みに召集があるはずだ。
中休み始まりのチャイムが終わったところで放送がかかる。通知が来たか―。
職員室では机上に通知文が印刷されて置かれていた。
来週から春休みまで臨時休校とのこと。
私の中では拍手喝采であったが、それを表に出してはいけない。しかめっ面をしておく。
基本は臨時休校だが、卒業式と修了式のみ登校する。卒業式は短縮で行う。
5時間目の最初に校長から放送があるので、それまでは伝えないことになった。
5時間目に放送があり、そこからはすべて事務作業。
教室の掲示を外し、教科書を返却。プリント類も可能なものは返却。
全て持って帰るのは無理なため、卒業式まで残しておけばと言ったが、6年生としてはなるべく持って帰りたいらしい。
帰りの挨拶を行い、そのまま解散。
挨拶後にはランドセルにサインを書きあったり名残惜しそうにしていた。
主任や同期のクラスでは感動的な別れがあったようで、子供も泣いたりしていたが、うちでは何もない。それでいい。
夕方からまた打ち合わせ。今後の方針について確認をしあう。
成績の取り扱いはどうするのか
通知表はどうするのか
休校中の課題はどうするのか
他にも色々な打ち合わせを行う。
成績処理はできているところまで。通知表の成績もそれに準ずる。
休校中の課題は月曜日に連絡。お昼くらいに流せばいいので、月曜に確認すればいい。
あっという間に終わったが、とにかく長く慌ただしい一日だった。
明日からはどうなるかはまだ分からないが、少なくともゆったりと過ごせるだろう。